新任教員

過去新任教員 2023年度
過去新任教員 2024年度


2026年度に人文学研究科言語文化学専攻には、新たに1名の専任の先生方が着任されました。ご経歴とご専門について紹介していただいています。

言語認知科学講座講師  白井智美先生

 2026年4月に言語認知科学講座に着任しました、白井智美と申します。ここでは、自己紹介に代えて、私の研究がどのような関心から始まり、現在の研究につながっているのかをお話ししたいと思います。

 振り返ってみると、研究生活においては、いつの時期も、良書と良き師との出会いに恵まれてきたように思います。修士課程に進むころ、言語学者・言語哲学者Elisabeth Leiss教授の著作に出会いました。『Sprachphilosophie(言語哲学)』には一貫して「言語は何を表象するのか」という問いがあります。言語と世界と思考の関係をRepräsentation(表象)という観点から整理し直そうとする研究です。ここで言語は、思考の表現手段ではなく、人間が世界をどのように構造化するかという認識手段として捉えられています。同じ立場から、『Artikel und Aspekt(冠詞とアスペクト)』では、ドイツ語の冠詞とロシア語のアスペクトについて、形式的には異なる文法カテゴリーが、文構造全体を視野に入れると共通の認識的機能を担いうることが論じられています。当時の私は、日本語の「来る」とドイツ語の kommen の表現差に関心を持っていました。異なる形式の中に共通する機能を見出そうとする方法論は、「事態の捉え方の違い」と説明されることの多いこうした差異の内実を、一歩踏み込んで考える手がかりになるように思いました。そこでLeiss教授の指導のもと、ミュンヘン大学の言語理論と応用言語学専攻で博士論文を執筆しました。その後、空間表現そのものから、言語が空間的な定位構造を利用して意味を構成する仕組みへと関心を広げました。私にとってそれは、空間表現の研究であると同時に、「言語を理解するとはどういうことか」を考える試みでもありました。

 ちょうどこのころ、社会学・障害学を専門とする研究者との出会いがあり、社会学者・立岩真也の『人間の条件 そんなものない』という本を譲り受けました。この出会いは、自分がこれまで追い求めてきた「言語は何を表象するのか」「言語を理解するとはどういうことか」という問いを、社会との関わりの中で深める契機となりました。また、言語理解の研究が、理解に困難を抱える人々への支援や、情報をより分かりやすく伝える方法の検討にもつながりうるのではないかと考えるようになりました。現在は、その関心のもと、比喩理解の研究に取り組んでいます。比喩表現がどのように理解されるのか、またどのような場合に困難が生じるのかを認知言語学の立場から研究しています。

 人にも書物にも誠実に向き合いながら、研究と教育に取り組んでいきたいと思います。みなさんが研究生活において、自分の問いを深められるような人や本との出会いに恵まれることを願っています。どうぞよろしくお願いします。

理論言語学・デジタルヒューマニティーズ講座講師 中山拓人先生

 2025年10月より、言語文化学専攻理論言語学・デジタルヒューマニティーズ講座・英語部会に着任いたしました、中山拓人(なかやまたくと)と申します。専門は、計算言語学、計量言語学です。研究の一番の関心は、「理論的にあり得る言語とあり得ない言語の境界線は、どこにあるのか」というものです。現在、地球上には何千もの言語があるとされており、さらに歴史の中で失われた言語や、歴史的偶然でたまたま存在しなかっただけの言語も含めると、その多様性は相当なものになります。一方で、それだけの多様性に含まれないような、「あり得ない」言語というものも想定することができるでしょう。では、この両者の間にある本質的な違いは?その境界線は、一体どこにあるのでしょうか?もしくは、そんなものは無いのでしょうか?

 特に最近は「言語の複雑さ」をテーマに、研究を行っています。言語学において、一般に「全ての言語はその複雑さにおいて優劣はない」という言説が広く流布しており、これは「言語の等複雑性(equi-complexity of language)」と呼ばれています。実際に、2つの言語を比較すると、一方の言語のある領域(例えば形態論)の複雑さが他方の言語に比べて高かったとしても、別の領域においては、まるで釣り合いを取るかのように、その複雑さが他方に比べて低い、という現象が経験的に知られています。しかし、実際にはこの言説は未検証のままであり、コンピューター技術が台頭し始めた20世紀終わり頃から、ようやく実証に取り組まれ始めました。理論的にあり得る言語は、その複雑さが有限の幅に収まっているのか、それともそのような幅は存在しないのか、といった疑問に、機械学習や幾何学的なアプローチを用いて取り組んでいます。

 言語学との出会いを振り返ると、私が言語学と目が合った瞬間は、2度あったと思っています。1つ目は、海外での生活経験です。父親の仕事の関係で、2年間、アメリカで過ごしたことがあり、いわゆる「言葉の壁」というものを直接的に体験した期間でした。この間に私が一番感じたのは、「なぜこんなに違った言語が存在していて、かつ現地の人々はそれを難なく使えるのか不思議でたまらない」という感覚でした。それまで知識としてしか知らなかった「言語の多様性」ともいうべき性質に、漠然と壮大さを感じた瞬間でした。2つ目は、大学入学です。日本に帰国直後は、この感覚が冬眠期間に入ってしまうのですが、大学に入学後、程なくして、自分の疑問が多くの研究者によって取り組まれていると知りました。これらが私の言語学における、いわば原体験であり、現在に至るまでの研究のモチベーションになっているのだと思います。

 学生の皆さんも、各々に言語学と「目が合った」瞬間があることでしょう。そして、おそらくそれに導かれて大学院へ進学されていることと思います。実際には、研究活動は楽しいことばかりではなく、時には苦しい瞬間もあると思いますが、自身のその「目が合った瞬間」は、何か特別なものを感じたはずです。学生の皆さんがその原体験を大切にしながら研究に取り組めるよう、その手伝いをできたら幸いです。よろしくお願いいたします。

コミュニケーション論講座講師 覚知頌春先生

 覚知頌春(かくちのぶはる)と申します。札幌出身で、博士課程まで北海道大学に通っていました。専門はドイツ語学で、対象としているのは低地ドイツ語というドイツ語の地域変種です。大阪大学大学院人文学研究科には、2025年4月に着任し、主にドイツ語を教えています。

 私の研究している低地ドイツ語は、北ドイツで話されるドイツ語の地域変種です。ドイツは一般に、北から南に行くにしたがって標高が高くなります。そのため、北ドイツには起伏の少ない平地が広がっており、「低地」の名はそこから来ています。低地ドイツ語と聞くと単一の言葉があるかのように聞こえますが、標準語は存在せず、地域ごとに異なる低地ドイツ語が話されているのが現状です。言語学的な特徴としては、第二次子音推移という、今日の標準ドイツ語がその影響を受けている音韻変化の影響を受けてない点などが挙げられます。その点で、低地ドイツ語には、同じ西ゲルマン諸語に属する英語と(少なくとも形の上で)似ている単語が多くあり、これは、私がこの言葉を詳しく勉強してみたいと思ったきっかけにもなりました。「言葉同士が似ている」という観察は、「言葉同士が似ているとはどういうことか」「何がどの程度似ているということであり、何がどの程度異なるということなのか」といったさらなる疑問をもたらし、大学院時代は、低地ドイツ語の研究を中心に据えつつも、多数のゲルマン語に視野を広げることを試み、上記の疑問に取り組むことができました。

 大学院時代とポスドク時代、私はドイツのキールという町に計3年間、滞在していました。キールは、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州というドイツ最北の州の中心都市です。同州は、低地ドイツ語が話される地域であり、私は滞在中、多くの話者の方々とお会いし、調査を行う機会を得ることができました。また、北海とバルト海に挟まれ、デンマークと国境を接するシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州は、古くから多くの言語が話される地域で、ゲルマン語に限っても、標準ドイツ語、低地ドイツ語のほかに、北フリジア語とデンマーク語が話されています。特に、北フリジア語は、同州北西部の北フリースラント郡とヘルゴラント島で話される少数言語であり、それぞれにユニークな特徴を持つ約10個の変種を擁し、話者による言語擁護も盛んにおこなわれています。キール大学のフリジア語学講座の講義に加えてもらい、北フリジア語の持つ魅力と奥深さに触れることができたのは幸運でした。

 大阪大学でも、学生のみなさまと言語やその文化について一緒に研究できれば幸いに思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。

コミュニケーション論講座講師 櫻間瑞希先生

 2025年4月にコミュニケーション論講座に着任いたしました、櫻間瑞希(さくらま・みずき)と申します。言語社会学と文化人類学の狭間で、タタール・ディアスポラのことばと社会と文化の研究をしています。 わたしの言語的背景はちょっぴり複雑です。あえて個別の言語名称でカテゴライズするならば、茨城南部のことばを基盤に、時にロシア語、英語、タタール語が混ざり合う環境で育ちました。これらの言語の境界がようやく意識されるようになったのは10歳前後だったように思います。

 どのことばもわたしをわたしたらしめる大切な要素でありながら、しかしどれも完全には我がものにはならないもどかしさをいまだに抱き続けてもいます。なぜなら「敬語が正しく使えない」とか「文法が正しくない」とか「発音が正しくない」といったことばを投げかけられ、やがて内面化してもきたからです。振り返ってみれば、わたしはこの「正しい/正しくない」にずいぶんと振り回されてきました。しかし「正しい」とはいったいなんなのでしょうか。この問いはわたしの研究にも、わたしの人生にもずっと向けられ続けています。 悩み深く多感な学部時代を迎えたわたしは、そのこたえを求めて人文学分野の授業に向かいました。そしてやがて出会ったのが文化人類学と社会言語学でした。

 それはちょうど、社会言語学の講義で「ことばとアイデンティティ」が扱われた回でした。言語使用と社会階層が密接に結びついていることが紹介されるなかで、わたしは思わず息を呑みました。これまでに「正しくない」と否定されたわたしのことばは、社会的文脈や他者が想定するわたしの属性において「正しくない」と判断されたために、否定的な反応を引き起こしたのだと。自分のことばに対して長年感じてきた違和感やもどかしさは、社会のマジョリティによって定義される「あたりまえ」の言語規範の中で生まれたものだったのです。 文化人類学の講義にも出てみるといいと勧められて足を運んでみれば、そこでは多言語社会を生きる人々の日々の営みが紹介されていました。ここでもわたしは再び雷に打たれたような気持ちになりました。わたしのような「ごちゃまぜのことば」の世界を生きる人々はけっして特異な存在ではなく、日本においても程度の差こそあれ、誰もがそうした日常を生きているという事実に。こうした気づきが、ことばと社会、文化、アイデンティティ、エスニシティへの強い関心へと発展していきました。

 長い学生時代のあいだに社会言語学や文化人類学の視座と知識を身につけながら、フィールド調査を通じてさまざまなことばを学び、人々と出会い、やがて言語政策や移民政策にも視野を広げていきました。とりわけ中央アジア諸国のエスニック・マイノリティ、なかでも「タタール人」のことばと文化に関心を向け続けています。

 独立国家を持たないタタール人は、どこにあってもマイノリティです。かれらのことば、暮らし、文化、そして自己意識は地域によっても多様です。そうした状況では「タタール人らしさ」とは何かが常に議論の的となります。言い換えれば、「正しく」タタール人らしくあるということがいかなることなのかが常に問われているということでもあります。

 中央アジア諸国では、民族とことばの不可分性が前提とされる傾向があり、とりわけ民族のことばを失った人々は「タタール人らしくない」として議論から取り残されてもきました。そこで近年では、民族のことばを失ってもなおタタール人としての意識を持ち続ける人々が、何を自身の民族的アイデンティティのよりどころとしているのかにも注目しています。同時に、タタール人であることの「正しさ」をめぐる言説がいかなるもので、それはどのように作られたり、変わったりするのかにも関心を持っています。

 大阪での新たな暮らしもわたしの研究関心と重なる部分があります。東日本の、それも茨城のことばを話すわたしは、ここでは時に言語的他者性を感じることがあります。「はー ここはオーサカ、おれはどうなっちゃーんだべなあ。なーんかおもしーこど言わねえどだめなんだべか、はー どうすっぺ」(注1)とロシア語の授業中に郷里のことばで呟いてみれば、主に西日本出身の学生たちが「ロシア語のほうがわかる」とすこし申し訳なさそうに言うのです。あゝわが故郷は遠くなりにけり、わたしは異なる言語文化圏に来たのだと実感するのでした。 茨城県南部の小さな村で育ったわたしにとって、大阪での日々の生活は新たな文化体験に満ちています。しかしだんだんと大阪のアクセントやリズムがわたしのなかに深く染み込んでもくるなかで、郷里のことばが遠くなりつつあるのを感じています。いつかわたしがあたりまえに大阪的なことばを話すようになったころ、茨城人であろうとするわたしはいったい何によりどころを求めるのだろう――。大阪での暮らしに慣れつつあるなかで、ふとそんなことも考えずにはいられない今日この頃です。

 注1:「あゝここは大阪、わたしはいったいどないなってしまうのやろか。なんかおもろいことでも言わなあかんのやろか。あゝどないしよ」

理論言語学・デジタルヒューマニティーズ講座講師 葉晨傑先生

 2025年4月より、言語文化学専攻 理論言語学・デジタルヒューマニティーズ講座に着任しました葉晨傑(よう しんけつ)と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

 学部時代は北京外国語大学で韓国・朝鮮語を専攻し、言語そのものへの関心を深めるきっかけとなりました。当時の授業は主に言語運用能力の向上を目的としており、言語学という分野に触れる機会は限られていました。学部3年生の秋学期に唯一の言語学の授業が開講されましたが、私はその時期に韓国への交換留学を行っていたため、受講することはできませんでした。

 韓国での留学経験を経て、異なる文化的・学術的背景を持つ環境で言語研究を進めたいと考え、日本への留学を決意しました。京都大学大学院文学研究科では、まず研究生として学び、その後、言語学専修の修士課程に進学しました。修士課程では韓国・朝鮮語の形態論、特に派生接辞と屈折接辞の区別に関する研究に取り組みました。

 博士後期課程では、形態論に加え、形態論と統語論のインターフェースに関心を持つようになり、生成文法の枠組みを用いて言語現象を理論的に説明するアプローチに取り組んできました。博士論文では、分散形態論(Distributed Morphology)の枠組みに基づき、韓国・朝鮮語において品詞を変化させる機能を持つ複数の接辞の分析を行いました。

 また、博士課程在学中からは韓国・朝鮮語以外の言語にも研究対象を広げています。私は中国の浙江省の出身で、共通語である普通話に加え、呉語も母語として習得しています。呉語は研究の蓄積が比較的少なく、地元の若い世代の間でも使用頻度が低下している現状をふまえ、母語話者の立場からその記述と保存に努めています。

 さらに、偶然の機会に恵まれ、ツングース諸語に属するソロン語の母語話者への調査を実施することができ、この言語に関する記述的な研究も行っています。今後は、韓国・朝鮮語に加えて、呉語やソロン語、さらには未記述または記述の少ない他の言語についてもフィールドワークを重ね、形態論や統語論を中心に、さまざまな分野で研究を進めていきたいと考えています。

 言語というものには無限の多様性があり、それぞれの言語には独自の魅力が詰まっています。私は、研究を通じて言語学の新たな側面を発見し、共有することを楽しみにしています。興味を持っている方々と共に、言語に関する議論を深め、新しい知見を得ることができることを願っています。

 言語学に関する質問や興味があれば、どうぞ気軽に声をかけてください。私自身、研究を進める中で多くの方々と交流し、学び合うことを大切にしています。今後とも、一緒に学び合いながら成長していけることを楽しみにしています。